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街道をゆく (40) (朝日文芸文庫) - 和書 - アマゾンSHOP

司馬 遼太郎

朝日新聞社

グループ:Book

ランキング:33733

価格:¥ 630

発売日:1997-05

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街道をゆく (40) (朝日文芸文庫) - 和書 - アマゾンSHOPカスタマーレビュー

引き算して台湾入門  (2008-11-11)
司馬さんの文章だからスイスイ読める。それでいて台湾の歴史と帝国明治の歴史を人物描写をリンクさせ中身の濃いものになっている。ただどうしても日本語が話せる台湾人を中心に文は進むので、本当の台湾とは齟齬が生じる。その点を引き算して読むなら文句なし。

功罪ともに大きい本  (2008-09-27)
この本は、台湾について知りたい人が始めて読むべき本とされていることが多いですが、筆者の意見にはまったく賛成できない、というのが台湾で生活している人間の実感です。ただし、読み物としては非常に良質で、筆者の歴史描写は客観的かどうかはともかく非常に魅力的で一気に読めてしまうでしょう。

やはりこの本の問題は、国民党に大してポジティブな評価をまったくといっていいほど与えていないことと、李登輝氏の政治に関してまったく非現実的な見方をしているということでしょう。といっても、執筆当時は今ほど李登輝氏が原因とされるその当時の政府機関の汚職も、現在の台湾ほどきっちり報道されていたわけではないでしょうけど。さらに、蒋介石、蒋経国の評価も、歴史資料の公開や、研究の発展により、台湾の歴史の専門家なら同意できないことばかりでしょう。

しかしそれでもこの本が読む価値があるのは、偏っているとはいえ台湾に関する関心を抱かせてくれることと、台湾を通じて明治から昭和初期にかけての日本と日本人の雰囲気を伝えてくれるからだと考えます。台湾人や日本人の数々の小さな逸話からは、当時の人々の生活の匂いが濃厚に漂ってきます。

この本を読み終えた後は、邱永漢氏の「わが青春の台湾、わが青春の香港」を読まれることを強く推奨します(この本はネットで無料で読めることですし)。こちらは、なぜ往時の台湾人が日本統治に対して複雑な印象を持たねばならなかったかがよく描写されています。そして戦前から戦後の激動期を生き抜いた台湾人の生の声が聞こえてきます。

清水の舞台から  (2007-02-13)
まだ全シリーズは読めてないのだが、今まで読んだ中では最もおすすめ。
残念ながら今となっては李登輝氏が政権を去って久しいが、
本書では「新しい台湾」が生まれたばかりの躍動感を嬉々としてリポートしている。
この沸き立つような言祝ぎ(ことほぎ)は、司馬遼太郎のマイノリティ好きに端を発している。
本書を読めば分かるのだが、今でさえ、アジアに存在する国やエリア――「台湾」は後者である――の中で、
「中華民国」ないし「台湾」ほど甚だしい政治的マイノリティも珍しい。
その台湾で抑圧されてきた本省人(広義の台湾土着人)が国家元首に就くことが、
そして本省人の手によって民主化されてゆくことが、
司馬遼太郎にはどれほどめでたいことだったか、
それは彼の物書きとしての信条を崩してまで、
政治的対立のある一方の政治家に強い思い入れを見せたことでも分かる。
この司馬の行動は当時多少ならぬ波紋となったようだ。
もちろん台湾の政治的立場にあって、
「日本」や「日本人」に対して格別のサービスを見せることは、
当時の「中華民国総統」李登輝氏にとってもかなり複雑な政治的効果を生む「敢為の行動」であり、
これら、相互のこもごもを日本語の慣用句で表現するなら、
レビュータイトルの「清水の舞台から飛び降りた」というような言葉になる。
好き嫌いや評価するしないは読んだ後、まず一読の価値はあると思う。

台湾で仕事をする人の必読書  (2006-09-26)
私はこの4月から台湾駐在となった日本人です。赴任前にいろいろ台湾関係の本を探して読みましたが、その中でもこの本は必読書の中の一冊と思われます。まず歴史背景を知り、その上で台湾の人たちの思考の背景にあることを知る。口に出していいことなのかどうなのか、彼らの思考の背景にあることを知らなければ闇夜を手探り歩くようなものです。その意味で非常に参考になった本です。また、久方ぶりに司馬遼太郎の語り口を味わい非常に懐かしかった。私のペンネームもこの作家の書の一節から取ったことをふと思い出しました。

台湾入門の書  (2006-01-13)
 台湾2300万人はモザイク社会。
 98%の漢民族と2%原住民、または85%の本省人(400年前に大陸から渡来し、日本統治時代を体験した)と、15%の外省人(50年前に大陸から蒋介石とともに渡来したグループ)、もしくは客家人、福建人などのグループなどでも細分化される。相互の混血も進んでいる。
 つまり軸足の置き方ひとつで風景は変化するのだが、司馬氏は、かつてこの島を統治した日本人として最低限、知っておくべき視点を(本書の登場までそれがあまりにもないがしろにされていただけに)計算ずくで、ドラマチックに紹介したのだろう。
 それは、「現実の政治には立ち入らない」という「街道を行く」シリーズでの自戒を破り、日中文化交流協会代表理事の身でありながら、李登輝総統(当事)と堂々と対談し、それをあえて巻末に掲載したことや、「北京の要人に読ませるつもりで書いた」との関連発言、古くは「長安から北京へ」の中で、中国のイデオロギー第一の教育に「アホかいな」とかみついた伏線などからもうかがえる。
 初出は週刊朝日の連載なのだが、当時は北京に気兼ねする朝日新聞が、台北に支局を置いていなかったため、氏の古巣の産経新聞の人脈を前面に出すなど万事が異例づくめ。
 後に「この本を書くために生まれてきた」とまで語っていることから、代表作「竜馬がゆく」で、大政奉還を「竜馬と徳川慶喜の合作」としたように、台湾の存立で、自らと李登輝の対談を重ねた、と見るのは、うがちすぎだろうか。
 行間には「近代東アジアの歴史へのかなしみ」ともいうべき視点が潜んでいるため、本書以後の台湾ブームで生じた「台湾はマル、大陸はペケ」といわんばかりの、関連書籍のような軽薄さはまったく感じられない。
 「土地と日本人」や、最末期の「風塵抄」などとともに、司馬氏が「作家」や「評論家」の仮面を捨てて、「新聞記者」もしくは「国士」の素顔を見せた希少な著書である。